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「フルートベール駅で」短評


『フルートベール駅で』予告編

2014年3月公開の作品。

当時、確か有楽町のヒューマントラストシネマでかかっていて、見ようと思っていたらそのまま未見のまま今に至った。

22歳の黒人青年オスカーが完全に無抵抗な状態(うつ伏せに寝かされ後手に手錠をかけられている)で、警官に射殺された2009年の元日に実際にあった事件を描いた作品。この事件は駅の構内で起きていたために、多くの人に目撃されて、撮影された。

本作の冒頭も事件を目撃していた一般市民が撮ったビデオの映像で始まる。黒人数人を座らせて警官は立っている。一発の銃声が聞こえたところで画面は暗転する。

この作品の大部分を占めるのは、事件の前日、つまり警官に射殺されたオスカーの大晦日の一日だ。オスカーには幼い娘とその母で未婚の妻がいる。過去に浮気をしたこと、刑務所に何度も服役していたこと、遅刻が続いてスーパーをクビになったことなど問題は多々あるが、それでも必死に善く生きようとしている。善い父親、善い夫であろうとしている。

映画を観ればわかるんだけど、オスカー役の俳優の善い人オーラが強くて、日本で言うと何だろう、山本太郎みたいな感じの外見のお兄さんなのである。基本マザコン気質で、まわりを楽しませるのが好きで、天然な感じ。

オスカーはスーパーを二週間前にクビになって金は全然無い。それでももう刑務所に行って家族を悲しませたくないから、売ればお金が入るマリファナの在庫も捨てて、娘のためにカタギの仕事をしようと必死にもがいている。ほんとささやかな貧しい生活なんだけど、若い父、母、娘の三人で生きていく様子は、どうにかにして幸せになろうと必死で、この様子は世界中どの家族も美しいと思った。

大晦日はオスカーの母の誕生日で、祖母や叔父さん達と過ごす。ただ愛に満ちていて、シチューをみんなで食べるだけなんだけど、ささやかで美しいシーンになっている。

この後、オスカーは妻と友達達とサンフランシスコでの新年の花火を観に電車で出かける。娘は寂しがって行かないでというんだけど、オスカーは答える。明日はとても楽しいところに連れていくよ。

トイザらス?」「いや、もっと楽しいところだよ。チャッキーチーズに行くんだよ。たくさんゲームをやってピザを食べて。」

娘は喜んでいる。このチャッキーチーズってのがなんのことかよくわからなくて、ググったら子供向けのゲーセン付きのピザ屋みたいところらしく、アメリカでは人気らしい。25ドルくらいの入場料で、ピザを食べて、ゲーム券をもらってたくさんゲームをやって、ゲームの得点に応じて子供騙しのおもちゃがもらえる。そんなところらしい。これは楽しい。30歳手前の自分も行きたいし、子供の頃だったら天国みたいな場所だろうな、ほんとに。

そうしてオスカーは娘に歯磨きをさせて、寝かしつけ、新年の花火を見にいく。電車の中は新年のお祝いに向かう人でにぎわっている。電車は遅れて、花火がどうも見えなさそうだ、ということで、見知らぬ乗客同士、車内でカウントダウンをして新年を祝う。

それから、しばらく楽しんだのちに、帰路に着くんだけど、車内で喧嘩に巻き込まれて、電車は止まる。警官がやってきて、オスカーたちはその場を離れようとするが、拘束され、そして冒頭のシーンに繋がっていく。

なんだか、ストーリー展開の説明ばかりになってしまったけど、この作品は実際にあった事件を題材にしていながら、それも人種問題という重いテーマを題材にしていながら、いわゆる「社会派映画」的なお説教くさい作品にはなっていない。作品の中核にあるのは、家族、貧困、人生の再生といった普遍的な―人種問題の手前にあるもっと根源的なテーマだ。それを丁寧にリアリスティックに描いているから多くの人に共感を呼ぶのだと思う。この点はリー・ダニエルズの『プレシャス』に通じるところがあるように思う。黒人のコミュニティを抑圧とそのカウンターの歴史として外側の視点で描くのではなく、内側の黒人の日常を描いた作品というのは少ないからだ。

ささやかな幸せを願う一人の青年の日常を奪ったのは、それも無抵抗の動物を殺すように命を奪ったのは、人種差別だと私は信じたくない。テイザー銃と拳銃を間違えたということで、殺人罪に問われた警官は1年未満の刑期で釈放されたとのことだが、その間違え自体も信じたくないし、不当に軽い量刑(と私には思える)も信じたくない。ただ、たった一人の人間の人生の重みを感じ続ける。